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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)16号 判決 1973年3月09日

控訴人 遠藤政賢

被控訴人 静岡県知事 外二名

訴訟代理人 日浦人司 外五名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一本案前の抗弁について

本件土地は、もと佐野常尾の所有であつたが、昭和二年二月五日、控訴人がそれに隣接する一九、八三四・七平方メートル(約二町歩)の土地とともに沼津区裁判所の競落許可決定によりこれを取得し、同年一〇月一八日付で本件各土地につき売買を原因として遠藤義孝のために所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。しかして<証拠省略>よれば、右遠藤義孝は、控訴人の次男で当時五才にすぎなかつたが、控訴人は義孝との間に本件土地について現実に売買をなしたものではなく、他にも資産があつたので、税額軽減の目的で単に登記名義だけを移転したにすぎないところ、従つて前記所有権移転登記手続をするときは勿論、昭和三八年四月五日付で本件土地につき売買を原因として義孝より再び控訴人のために所有権移転登記手続をするについても、控訴人は義孝の承諾をうることなく、これら登記手続をなし、本件土地の公租公課は従前から控訴人において負担してきたことを認めることができ、<証拠省略>の供述記載も右認定の妨げとならず、他に右認定を左右しうる証拠はない。してみれば、本件土地は、前記義孝のための所有権移転登記にもかかわらず、依然控訴人の所有であつたというべきであるから、前記義孝から再び控訴人に対してなされた本件土地の所有権移転登記も、その実質は名義回復の登記にすぎないのであつて、被控訴人らの主張する知事の許可の有無を審究するまでもなく有効であるといわなければならない。

従つて本件土地は、登記簿上の記載の如何にかかわらず、終始控訴人の所有であつて、控訴人は、その適格において欠けるところはなく、被控訴人らの本案前の抗弁は、排斥を免れない。

第二、本案の判断

一、被控訴人静岡県知事が本件土地を農地法第六条第五項のみなし小作地に該当すると認め、昭和三九年五月一一日付で買収し、同日付で被控訴人鈴木源吾に売渡したことは、当事者間に争いがない。

<証拠省略>によれば、

(1)  控訴人は、東京に居住する金融業者であるところから、本件土地を含む熱海市大字下多賀の土地について地元の渡辺泰助にその管理を委ねるとともに、希望者があれば小作させて、よい畑に造りあげて貰いたい旨を頼んでいたところから、同人の義弟に当たる被控訴人鈴木源吾は、その依頼に応じて昭和六年頃から前記土地のうち字栗林六三八番の一部を耕作するようになつた。

(2)  前記土地は、もともと橙、梅等の植えられた畑であつたところ、大正九年麓を流れる鍛治川の氾濫によつて川縁の平坦な部分は一面の川原と化し、山腹の部分も大正一二年の関東大震災によつて石積みが崩れる等して荒れ果てたままになつていたが、前記字栗林六三八番の土地のうち本件土地を除くその余の部分は、被控訴人鈴木源吾およびその家族らの営々たる努力によつて次第に整地され、蜜柑類が植裁されるに至つた。

(3)  ところで本件土地は、その北西部の隣地がすべて買収された昭和二二年当時、その一部(<証拠省略>に<イ>と表示されている部分)に従前の柑橘類、梅の木が残り、又その一部において芋等の間作等が行われていたとしても全体的には川原状の荒蕪地であり、耕作の用に供しうる土地とは認められず、従つて前記隣地はすべて買収されたに拘らず、本件土地は買収から除外された。しこうして本件土地のうち六三八番の四〇、四二、四四、四六、四八は、いずれも前記買収当時その北西部の買収された農地とそれぞれ一筆の土地であつたので、買収されるべき農地の境界を明確にするため、被控訴人鈴木源吾が朝生常造に依頼して測量した。なお、右買収された農地の大部分は同被控訴人が売渡を受けた。

(4)  被控訴人鈴木源吾は、前記買収売渡処分後、徐々に本件土地についても散在する石を除く等して開墾に着手し、当初は、芋、麦等を裁培し、漸次川縁にむかつて耕作面積を拡げ、昭和三〇年すぎ頃より前記<イ>の部分から同図面表示<ハ>の部分へと順次蜜柑を植裁し、鍛治川の護岸工事が完了し、昭和三八年三月四日本件土地買収のための公示がなされた当時は本件土地は蜜柑の熟畑となつていた。

(5)  その間控訴人は、昭和二九年頃義孝とともに現地に赴いたがそのときは勿論、被控訴人鈴木源吾が耕作を始めて以後前記公示に至るまで本件土地の耕作に対して異議を申し出たことはなかつた。

以上の事実が認められ、<証拠省略>他に右認定を左右しうる証拠はない。

もつとも<証拠省略>遠藤義孝は、昭和二四年八月三〇日、鈴木辰次郎外三名を無断で義孝の所有地を開墾耕作し、もつて買収売渡を受けたことを理由に告訴し、次いで損害賠償を請求し、昭和二八年に至り、熱海簡易裁判所に右鈴木辰次郎らを被告として右売渡による農地所有権無効と損害賠償請求の訴えを提起し、又同年一二月一八日、被控訴人鈴木源吾を義孝の所有地の管理人の如く装い鈴木辰次郎らに前記土地をそれぞれ開墾耕作させ、買収、売渡に至らしめたことを理由に告訴していることが認められるけれども、これらはいずれも鈴木辰次郎らが売渡を受けた土地について告訴又は訴えを提起しているものであつて、被控訴人鈴木源吾が控訴人のもと所有土地の売渡を受けたことについては不服を申立てていないのみならず、<証拠省略>の告訴状および訴状の記載によれば、同被控訴人が小作人であることも認めているのであつて、義孝が控訴人のもと所有地のうち同被控訴人以外の耕作者が売渡を受けたことを不服としてこれら告訴、訴えの提起をしたことをもつて直ちに被控訴人鈴木源吾の本件土地の耕作についても異議を申立てたことにはならず、従つて前記認定の妨げとなるものではない。

なお、<証拠省略>本件土地と面積がほぼ等しい大字下多賀字営盛久保一、六二三番の一の一〇、一一合計一反三畝一三歩の農地(鍛治川をはさんで本件土地の対岸側)が前記売渡処分の頃その相手方を誤つて被控訴人鈴木源吾に売渡され、その旨の登記を経由していることが、昭和三八年二月頃になつて判明し、改めて売渡を受くべき者に売渡す処分がなされたことが認められるけれども、このことから直ちに本件土地も昭和二二年の前記買収処分当時においてもすでに買収さるべき農地であつたところ、当時の農地委員会の手違いにより買収洩れとなり、そのため誤まつて前記土地が同被控訴人に売渡されたものということはできないから、前記売渡の相手方を誤まつた事実は、昭和二二年当時本件土地が買収適地ではなかつたとの前記認定の妨げとなすに足らないというべきである。

二  してみれば、被控訴人鈴木源吾は、渡辺泰助を介して控訴人から本件土地についても耕作することの承諾をえていたものの、自作農創設特別措置法が施行された当時には、いまだ整地して耕作するに至らず、隣接する耕作の用に供していた土地についてのみ売渡を受けたところ、その後徐々に整地するとともに順次蜜柑を植裁し、前記公示の頃には完全な熟畑としたものであつて、その間控訴人には小作料を支払わなかつたが(右小作料不払の事実は、<証拠省略>により認められる。)控訴人から右耕作について前記公示に至るまで何らの異議の申出もなかつたのであるから、同被控訴人は、平穏かつ公然に本件土地の耕作を継続していたものであり、本件土地は、農地法第二条第二項にいう小作地であるか否かはともかくとして、少くとも同法第六条第五項にいうみなし小作地に該当するものというべきである。従つて本件買収処分には控訴人の主張する如き違法の瑕疵はない。

三、以上の次第であるから、本件買収処分の取消しとそれを前提とする控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 関口文吉)

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